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自動車学校の一職員から見る自動二輪

ノエルパパ

初めてカキコします。某県立高校で英語と生徒指導を担当しているZEP750乗りです。同業者のかたの投稿も数件拝見させていただきましたが、みんながそれぞれに、高校生として、子を持つ親として、教員として、ライダーとして、純粋にもっと楽しくバイク生活を送りたがっている点は共通していると思います。確かに現状では世界有数のオートバイ生産国であるのにオートバイ文化と言う点では寂しいものがありますね。

つれづれなるままに思うところを述べさせていただきます。そもそも、この国の国民性というか社会がもっと大人にならないとこの手の問題は解決しないと思います。学校は学問を、家庭は躾や生活習慣を、地域社会は社会性を子供に身につけさせるのが本来の役割であるはずです。いづれの分野でもその根幹をなすのはその構成要員である大人たちが自分の都合だけで行動するのではなく社会(身近な町内会や隣組でもいいし、子供の友達のことでもいいし)の利益を考え発言し行動できているかに尽きると思います。

私も駆け出しのころは三無いや茶髪やパーマの指導など馬鹿馬鹿しいし、そもそも法的根拠のないことを強制できるわけないじゃん!とか思っていたのですが、現場に立てばそうもいきません。バイクを通して悪い仲間と付き合い始め学校に来なくなる、(まあバイクが悪いんじゃないけどね)見た目の評判が悪くなって求人票が減る、女子のスカートが短くなれば学校の近所に変質者が出て痴漢の被害も出るなど、こちらがそんな言い訳をしている間にも損害や損失が出てしまうのです。こちらとしても予防策として様々な規制を作るようになるわけですね。そりゃあ1週間も毎日19:30ごろから痴漢パトロールをやるようになれば、「スカート長くしなさい!」の一言ぐらいいいたくなりますよね。(これも本当は痴漢がいけないのであって、短いスカートがいけないのではない。)

私は学校に英語を教えに行っていますが、いくら工夫を凝らし科学的な根拠に基づいた教え方をしても家庭で勉強しなければ英語は身に付きません。果たしてこういった躾や生活習慣、家庭学習まできちんとこなしたうえで免許を取りたいという高校生やその保護者はどの程度いるのでしょうか?それぞれの立場で責任をもって行動するなら高校生の免許取得も大いに結構だと思います。むしろ若者たちには一度交通弱者である2輪を味わってから4輪に行って欲しいと願っています。それが日本のオートバイ文化の下支えとなるでしょうから。

残念ながらここまできちんとこなせる人間の数は少ないでしょう。さらには、はっきりいって躾や社会規範の面で全然教育力のない家庭がふえていることも事実です。我々とて毎日多忙を極める状況にあり、さらには交通教育の学校での推進などそんな余裕はありません。

このような状況で、三無い撤廃、あるいは高校での交通安全教育推進となればどんな状況が想像できますか?「撤廃したからウチの息子はバイクで死んだんだ!」「中途半端な交通安全教育だからウチの子は怪我したんだ!」なんて声が聞こえてきそうです。自己責任とは程遠いですね。

ちなみにアメリカでは高校に生徒指導はほとんどありません。教員は教科だけを教えており部活動もありません。子供に対する親の責任意識も高いようです。しかし現実はぜんぜん手を掛けてもらえない生徒も多く少年犯罪のひどさは各種ニュース報道のとおりです。校則がゆるい分、即法律に照らし合わせる社会慣習がこうさせている面もあると知人のテキサス人は言っておりました。

そこでテーマとは少し離れるかもしれないけど、遠因的に三無いをたくすために提案です。

1. マスコミは事件事故を報道するにあたり、単純な悪者探しの責任転嫁で終わりにしない。社会全体が同じ論調になり悪者探しで話がおわってしまう。

2. モラルやローカルルール>法律の社会がいいのか、法律さえ守ればモラルやローカルルールはどうでもいい社会を望むのか、マスコミは大人たちに、学校は子供達に考えさせる。

3. 法的根拠のない学校の生徒指導については司法府と文部科学省で個別の判例を示すなどして減らしていく。あるいは校則の法的有効性を明確にする。

4. 3.を受けて社会は学校を評価する観点を本来の教育効果の現れ方に絞り、何でもかんでも学校に期待しない。
5. PTA組織は都道府県レベルからは常任職員を雇い、全保護者からの意見を吸い上げ、三無いについては全体の○分の1以上で撤廃などの規約を設ける。

以上、3連休を部活と雨に潰されるZEP750でした。長々とごめんなさい。

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