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ライダーの視点から:オーバー1リッターに対する疑問について

化石

必要か必要でないかで言えば、バイク自体「必要」な人がどれだけいるでしょう。
今、日本は免許制度改定以降、大型バイクにあらずはバイクにあらずといった風潮です。昨日までバイクとは全く関わりの無かった女性、主婦、定年間近のサラリーマンまで、ポンといきなりハーレーやBMWを買う時代。

これは、一重に文化の成熟度が低い故の現象なのです。かつて、四輪の世界も同様でした。「いつかはクラウン」に代表される、高級車、大型車が憧れの存在でした。ところが、いつの間にか好みは多様化し、今ではそれらは「ダサさ」の象徴とまでなってしまいました。

今、中国では20年か30年まえの日本と同じような現象が起きています。高級車、大型車が飛ぶように売れ、メーカーは躍起になっています。
しかし悲観することはありません。これらは、文化が成熟していくには欠かせないプロセスなのです。ブームはいずれ去ります。良くてあと3年でしょう。その後に、他人への優越感や、単なる加速への陶酔感に飽きた人たちが、新たな価値観のムーブメントを起こすでしょう。
かつてのレーサーレプリカブーム、スカチューンブームの終焉と共に、俄かライダーが淘汰されたように。。。

今年からR1乗り hiro

昨今のバイクのリッター化。大型自動二輪免許が教習所で取得可能になったり、環境問題あるいは少子化、生活様式の多様化 等々などで、
各排気量の車種が減ったり、バイク人口が減ったり・・・。
こういう時代の流れの中での大型化一極集中傾向はいたしかたないのかなぁ〜?とも思います。
メーカーさんにはもっと頑張ってもらって、二輪衰退に歯止めをかけてもらいたいとは思いますが・・・。

ただ一つ感じることは、今の時代の若い子達はある意味可愛そうだと思うのです。
私は今年で45歳になりますが、バイク人生は原付のスポーツマシンからはじまりました。厳密にいうとスクラップ同然のとっちゃんバイクを無免で(駄目ですね〜)乗り回していたのが最初ですが。

今から思うと自分が扱える範囲の非力なマシンでずいぶん基本的なライディングテクニックを勉強したように思います。
もちろん当時は自己流で正統的なテクニックとはかけ離れたものだったと思いますが。
その後も125、250、400、750とステップアップし、車種もオン、オフ両方経験しました。

私が中学、高校だった頃は車種も豊富だったけれど、当然お金もなくって最初のマシンもアルバイト等々で貯めたお金で買ったので喜びもひとしおでした。
その後、社会人になって自分で稼ぐようになってからも排気量の大きなバイクはそれに比例して値段も高かったので必然的にステップアップするしかなかったんです。
もちろん原付時代も250時代も400時代も常にナナハンは憧れの存在でしたね。
でも、そういう乗り継ぎ経験は自分にとってかなり貴重なものになっているのは確かです。
特にオフ車でのダート走行やスロー走行などの経験は自分の中で今でも基本になっています。

現代のメーカー事情や販売戦略、免許の簡素化、インターネットの普及に伴ってオークションなど個人売買での比較的に安価にバイクを手に入れることができるなどなど、
バイク乗りにとって「いい時代」なのか「悪い時代」なのか・・・・・。

ぐっと引いた視線で見てみると、テクもない人達が「大型バイクに乗せられてる」というよりは良くも悪くも「そういう時代に乗せられてる」のかも知れませんね。
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